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    宮城県 南三陸へ 
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      ちょうど一年前に南三陸に行き、一年経って再び同じ所を訪ねました。
      10月16日〜18日のはずでしたが、台風のせいで一日遅れ、17日〜18日になりました。


      昨年会った方々に再会すること、被災地のその後の復興がどうなのかという事、被災地の方々にまた会いたいということが目的で出かけました。
      再訪して感じたのは、一年経ったのに復興が進んでいないということでした。

      昨年、南三陸を訪れた時のことが、下書きのままになっていました。
      体験したこと、心に受けたことが深かったので途中でストップしてしまい、そのままになっていたのです。

      それをなんとかまずちゃんと記録して、今年のを続けたいと思います。





      2012年10月30日

        宮城県出身者として、被災地に足を運びたいとずっと心に引っかかっていました。
      やっと今回、仕事を調節して3日休みを取って行ってきました。

      仙台まで新幹線で、そこから高速バスで1時間40分程の所にある南三陸町へ向いました。
      鉄道の線路は無残にズタズタに寸断されたまま、再開の目ども立たず悲惨な状態のままになっていたので、かなり遠くに感じました。

      16時過ぎ、南三陸「ホテル観洋」前でバスを降りると、これからお世話になる所の宇根さん(通称おしょうさん)が車で迎えに来て下さいました。
      被災者の心のケアなどのために震災当時から活動されているHUGハウスの方です。
      「まず、見に来て、そしてそれを目に焼き付けて、帰って人に伝えてほしい」ということ、
      「被災者の方のお話を心から寄り添って聴いて下さい」ということで、「come&see研修」というのを主催しています。

      この活動は、地道ですが草の根的で、口コミで伝わっているようです。
      私も実際にここに参加した方の情報で知りました。
      私は肉体的、物理的なことの活動は難しいので、何ができるのか、何かあったらしたいと思っていたので、「これならできるかも!」と思い、さっそく足を運ぶことにしたのです。


      活動拠点のある南三陸町の田尻畑という所に着きました。
      緊急避難所だった農家の納屋を改造した所に2日間泊めていただきます。
      代表のHUGちゃん(通称)とスタッフの方々が迎えて下さり、それから明日からの説明を聞きました。

      それから、みんな(スタッフ)のケアのために仙台から訪れていたOさんとおっしゃる方がいて、「今晩、ここで二人で寝ましょうね〜」と言われ…
      そう言われて、ハッと気が付きました。
      そうか、たまたまこの方が見えてなかったら、一人だったのだ〜と。
      一人でも構わないけれど、誰かいた方がやっぱり心強いですね。
      また「ご飯もたくさん作ってきたから食べてね」という〜。
      私は「ご飯は買ってくるかどこかに食べに行くかしてね」と言われていたから、途中でおにぎりを買いました。見渡すと近くにお店なんてありません。車で走れば、仮設の商店があるようですが。
      ですから、食事はなんでもいいやと思っていましたが、Oさんに美味しい手作りの夕ご飯をごちそうになり大変有難く思い、また恐縮でした。



      部屋で一人になる時がありました。。。

         121031_1939~01.jpg

        「遠いとこお疲れさんだね」と声かけてきたこの青いネコさん。

        私「何て名前?」
        ねこ「ごろごろネコだよ、いつもごろごろ寝てるから」
        私「ふ〜ン、青くてドラえもんみたいね。耳あるけど」
        


       121031_1938~010001.jpg

       私「猫さんはいいなあ、寝てるのが仕事だもんね。 あ、でも他に仕事あるよね。ここで人間を操っているんじゃない?」
      ねこ「さあ、どうかな…(汗。) 寝たふりしてるとみんな癒される〜というけどね〜;」
      私「明日からのことで緊張してたんだけど、私もごろごろネコさんに心ほぐれてうれしいよ、」


      そんな青猫さんも迎えてくれたので安心してここに泊まることにしましたが、
      なんと、お風呂は、五右衛門風呂。 これもまたいいじゃない〜。
      だって昔入っていたもの〜!

      避難所だった時にボランティアさんが運んできて設置して下さったそうです。


             121031_1739~02.jpg

       新聞紙などで炊きつけていただいたあと、一人で火の番をしました。
       とても懐かしい体験ができました。




       121031_1740~010001.jpg
      五右衛門風呂のマキをくべながら、火を見つめていました。

      子供の頃は田舎も五右衛門風呂だったので、なんだかそんな子供の頃の事を思い出しました。
      遊び疲れて帰ってきてお風呂の火の番をしながら、本を読んだり、コクリコクリ居眠りしていたこと。。。火ってなぜか癒されますね。

      ただ暖かいからってだけじゃなく、ゆらゆら揺れる炎、その色、燃えるマキの崩れていく様子、煙のかおり、など色々、心も体もなんか気持ちがなごんで癒されます。遠い祖先から、ヒトは燃える火のそばで夜を過ごしてきたので、そのなごりなのでしょう。

      こんなこともここに来なかったらきっともう一生しないことだったかもしれません。



      もうそろそろ沸いたかなあと思ってやめましたが、その後残り火で熱くなりすぎてしまいました。
      入る時に、お湯を半分大きなバケツに取って、水でうめて…、でも水を使うのも大事に少しづつ。

      洗い場は板の上にたらい、シャワーなんてもちろんあるわけもなく、体を洗うのも髪を洗うのも一苦労、でも被災者を思って、こんなのはどうってことないと思いました。
      お風呂があっただけでもマシなこと。


      夜はケア者のためのケアでボラしているOさんと、二人で寝ました。
      Oさんは私よりひと回りも上でしたが、初めて会った気がしないと言って、姉のように接して下さいました。
      そして、次の朝、「ここに何度もきているが、夕べ初めてぐっすり寝られた」と言って喜んでいました。

      彼女はたった一人で仙台から車で2時間かけて無償で何度となくこの地に来て、多くの人に癒しの施術をされていました。
      誰に言うわけでもなく淡々と出来ることをする、尊敬に値する方だと思いました。

      Oさんとは今年も仙台でお会いでき、再会を喜び合いました。






      2012年10月31日

      HAGハウスの堤さんから「心のケア(傾聴)」についての研修を受けました。
      どんなふうに被災者に向うか・・・私も思い切ってここにきたものの、本当のところ、どうしようととても緊張していました。実際に被災者の方々に何を話すか、どう聴くか、私が行って受け入れられるかと…。
      HAGさんはていねいにしずかに傾聴についての大事なことを教えて下さいました。
      痛むいのちにただ寄りそうこと。話をしてくれるのを待つこと。
      気休めの慰めや励ましは通用しない。ほんものの優しさや温かいまなざしが必要であること。
      すこしやはり、緊張してしまう。自分は大丈夫かと。



      その後、仮設住宅などを訪れる前に、まずは被災地の街ナビをしていただきました。


      スタッフ(被災者の方々自ら)が街を案内して下さいました。


      121031_1351~010001.jpg

      戸倉中学校にて

      ここは下からどのくらいあるでしょうか、20メートル?30メートル?ここ中学校のある所まで津波が来て中学校も水に埋もれ、先生や生徒、何人もの命が失われたとのこと。
      なんというこの高さ! こんな写真では伝わらないかもしれませんが。。。
      あの向こうの静かな海からは想像もできません。


      121031_1352~010001.jpg

      高台の中学校から見おろした街の様子。
      下の街はすべてが流されたままです。にぎやかな街だった所にはなんにもありません。

      復興などほど遠く、どうなってるんでしょうか・・・



      ML_CA3C0764.jpg

      ガレキもあちこちに積まれたままでした。





      ML_CA3C0762.jpg

      南三陸防災センター… 
      ここでも尊い多くの命が失われました。なんという津波の高さ、威力。
      3階上の屋上にあがっても多くの人が助からなかった…上の塔につかまってても流されたとか。
      「逃げてー!逃げてー!」と何度も放送で呼びかけながら若い職員さんが亡くなられたのは何と悲しいことでしょうか。

      訪れたこの日は雨が降って時折強く、寒くて、地盤沈下している街が水に浸ってしまっていて
      車は何度も迂回させられました。

      被災者であるスタッフの方達は久しぶりにここに来たと言ってとても辛そうで申し訳ない気がしてしまいました。



      ML_CA3C0763.jpg

       ここの前にはたくさんの慰霊の品々が置かれていました。




      121031_1411~010001.jpg

      高台の家の半分くらいまで水がきたそうです、今はベニヤでおおってありました。
      手前にはラーメン屋さんが頑張って営業をしていました。

      他にも、老人ホームや、自分の被災したおうち(コンクリートだけ残っている)まで案内して下さったのですが、涙ぐまれていて、再確認させてしまったようで心が痛みました。






      ML_121101_1221~010001.jpg

       やっと開設された復興商店街。被災前は町役場などあった所だそうです。

      かまぼこや海苔、海産物など、再会された漁業でのお土産がたくさんありました。
      私はカラフルに色付けされたかまぼこ(引き出物などによく使われる)や海苔、
      オクトパス君・・・「置くとパス」と言って受験にご利益があるっていうキャラクターお守り、を買いました^ー^v



      ML_121101_1309~010001.jpg

      向こうの杉の木も津波でやられ、幹が白くなっています。




               121101_1223~01.jpg

      ここ さんさん商店街には帰る前にもう一度寄って、ランチに海鮮丼を食べました。




      以下、次回に続きます。
       






      posted by: たんぽぽ | 大震災に関して | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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