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    南三陸へ 
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      ここのところ、行事が多くて、秋は忙しい日々が続いています。


      131027_1115~01.jpg     131027_1036~02.jpg
      NPOフェスタが日曜にありました。  体育館に吊るしたモビ〜ル、CMの空飛ぶヘルパー

       

       
      131027_1153~01.jpg
       フェスタには、今年も市長さん応援に。

      市民活動の仲間の年一回のお祭りなので、今年度も参加、準備に時間が取られました。
      それにしても毎年、参加団体が増え(50団体も!)会場の廃校になった元小学校で、展示、カフェ、売店、音楽、踊り、バザー、ゲームやクイズ、科学実験などあり、大賑わいでよかったです。







      前回の南三陸での続きです。

      昨年は町ナビをしていただいた後、仮設住宅の集会室のようなところでお茶会に参加しました。ほとんどが年配の女性の方々でしたが、若い方も少しおられました。

      みんなは自分たちが大変な思いをしていても
      「よくこんな遠ぐまで来てけだんだごど〜。」ってねぎらって下さったり、
      「これは手作りの漬物だよ」とかいろいろともてなして下さいました。

      そして、皆さんのお話しもお聞きしました。
      被災当時のお話しもありましたが、最近の様子などや、別れ別れになった家族のことなど、話して下さいました。

      ただ聴いただけなので、何の役にもたってないと思いますが、いっとき気がまぎれただけって事かもしれません。
      ホントにわずかな時間だけでおいとましてくるのが、とても申し訳ないし残念という思いでした。

      でも現地に足を運び、そしてその地を見て忘れない、人にも伝える、またできたらお土産を買って帰る、ということが大事だと思いました。もちろんHUGハウスの方々の思いでありますが。

      そうして、3日目の昼過ぎ、仙台に帰るというOさんの車に載せてもらい、帰途につきました。
      仙台で姪と待ち合わせ、瑞宝殿など見学して東京に帰りました。







      それから1年経って今度は友人と二人で、再び南三陸を訪れました。

      昨年、南三陸から帰って、いろんな人に体験を話しました。
      家族や職場、友人などなど。
      そしてまた被災地に行くなら一緒に行きたいという人が数人いました。
      その中で時間が合った一人と同行しました。
      あと、職場の同僚は自分の時間の空いた時、11月半ば頃に出かけるようです。
      そんなことで少しでも人に伝えられたのは嬉しいことでした。




      ML_131017_1429~010001.jpg

      一年ぶりですが、この景色は何も変わっていません。

      昨年は天気が悪くどんよりしていて気持ちももっと暗かった気がします。

      今年は台風一過で空は晴れ渡っていましたが、雨がたくさん降ったので下の地盤はやはり水がたまっていました。地盤沈下してしまっていてもうしょっちゅう水浸しになっているとか。

      案内して下さったスタッフの方お2人は昨年と同じ、RちゃんとEちゃんでした。
      お見受けしたところは、昨年よりは少し明るくなった雰囲気も感じられましたが、実際はそうではないのかもしれません。仮設住宅の住まいも変わっていないということでしたし。

      でも、そんな狭い仮設住宅暮らしでありながらも、とても前向きで元気に頑張っている様子がお話しから感じられました。






            ML_131017_1430~01.jpg
      保存と取り壊しの間で揺れていたこの防災庁舎は、取り壊しが決まったそうで、皆さんの気持ちは複雑なようです。
      今後も記憶に留め忘れないようにと、残すことも大事ですが、当事者になればもう見たくないという思いもわかります。だから皆さんの気持ちもそれぞれ半々なのでしょうね。


      取り壊すことが決まったからなのか、前からなのかはわかりませんが、見学者が次々にやってきていました。


        131018_0847~010001.jpg

        観光バスで大勢見に来ています。被災地を廻るツアーがあるんですね。




      復興が全然進んでいないことに驚き、そして、どうなっているの?なぜこれほど進まないの?と怒りと疑問が湧きました。

      よく見るとところどころにこんもりとした、5m?程の土の山が作られています。
      この所に盛り土をして、また街を作るという計画だそうです。
      防潮堤ももっと高く造って…と。
      ほんとにそれで大丈夫なの??との思いが。

      しかし、他の土地に移転といってもそんな土地がなかなかないということでやっぱりここに再び街を、と言うことらしいです。
      今、少しづつ土を運んで盛り土していますが、気の長い話、ここに住めるのはいつになるかわからないとあきらめのようなため息をついていました。





      「さんさん商店街」に今年も寄りました。


      ML_131017_1445~010001.jpg

      海苔やかまぼこ、そしてパン、写真集(震災の)等を買いました。

       121102_0946~02.jpg
       カラフルな「絆かまぼこ」

       これ、昨年も買いました〜。美味しいんです。


       モアイ像のぬいぐるみも買いました。

         131023_2153~01.jpg

        この写真なんだかわからないけど…モアイの頭です。
        渋谷にもこんなのありますね〜。


      南三陸はチリと友好関係にあるそうでモアイ像が建てられていたようですが、それも今回の津波で流されて(頭部だけは残った)チリの人たちの尽力でまた新しく今年の春にチリからモアイ像が贈られたそうです。
      モアイの霊力で、はやくみんなが幸せになれるといいです!

          日経の記事に詳しいことが書かれていて感動しました。
          http://special.nikkeibp.co.jp/ts/article/ac0b/139205/




          

             そして、荒砥地区という所に行きました。


        ML_131017_1633~010001.jpg
       
        手前にある屋根の、その先にはうちが何軒も建っていたそうです。
        海は波もなく静かで、船が何隻も停泊しています。


       ここ荒砥に活動拠点があってHUGちゃんやおしょうさん、スタッフの皆さんとお会いしました。 それぞれ自己紹介して下さって、今日の活動の報告、どんなところを訪ねたかとかをされました。

       



      131017_1645~010001.jpg

      荒砥から今夜の宿泊地に向かう途中、見た夕日。

      海はこんなに穏やかで優しいのに・・・ 





      ML_131018_0706~010001.jpg

      三滝堂という所に泊めて頂きました。HUGちゃんたちが住んでいる所です。
      夜は一緒に行った友人のために簡単なオリエンテーションがありました。
      HUGハウスの活動のことを教えて頂き、勉強しました。「痛むいのちに寄り添う」ということでした。
      台風のせいで一日時間が減ってしまったので、半分省略と言う感じでした。

      10月半ばですが、もう朝夕はとても寒いです。
      ですが、夜はちょうど満月のようで煌々と月の光が美しかったです。

      朝は、友人とお家の周りを散歩しました。
      寒くて草にはしっかりと白い霜が降りていました。




      131018_0712~010001.jpg

      昨年会った、ごろごろねこさん、いました〜。
      相変わらずごろごろしていましたよ。^.^;



      131018_1135~020001.jpg

      三滝堂から、また荒砥に向いました。田んぼの稲刈りは済んでしまったようです。





      131018_0946~010001.jpg

      ここは荒砥にあるお寺です。高台にありましたが、やはり水をかぶったようで、壁に津波ここまで、の矢印が書いてありました。

      ご住職のご自宅も津波に流されて、今も仮設住宅にお住まいだそうです。




      ML_131018_1017~010001.jpg

      この日はご住職はお留守、勝手に中に入ってお参りさせて頂きました。


      ML_131018_1019~010001.jpg

      中の壁に吊るされてありました。寄せ書きです。


        

      131018_1016~01.jpg

      誰が作ったのか、観音様のような木彫りが外の台の上に無造作に置いてありました。



      ML_131018_0951~0100010002.jpg

      お寺の一段下(2メートル程下)には、民家が建っていた所、お庭の木と塀だけが残っています。
      たまたまこのお家の方が仮設住宅から様子を見に来ていて、お話をされました。
      草を取ったりして、懐かしそうに話をして下さいました。
      ここを売って他に、という話しもあるそうですが、思い出のこの場所は絶対に売らないとおっしゃっていました。



      ML_131018_1008~010001.jpg

      そのおうちからはこんな風に海がみえました。




          131018_1005~01.jpg  

           庭の隅には咲いていた花。




      この後、車で、荒砥の方達が入っている仮設住宅に連れていって頂きました。
      天気がいいので外のベンチで日向ぼっこをされているご夫婦がおられ、そこにみんなで座って話をしました。他にも何人かのおばあちゃんが集まってとりとめのないお話しをして過ごしました。一人のおじいちゃんは照れ屋なのでしょう、はにかんでにこにこしながら、戦争のこと、空襲が怖かったことなど、昔話をして下さいました。


      そうしているうちに帰る時間になってしまいました。
      また、ここに来ることがあるのかなあと思いながら、でもその時には、仮設住宅もなくなっていることが一番なのですが。。。
      HUGちゃんやおしょうさん、そしてスタッフみんなにお礼を言ってHUGしてお別れしました。

      登米という所までスタッフのRちゃんが車で送って下さいました。
      本当にお世話になりました。
      時間が足らずただ観光してお世話になっただけみたいで、なんだか申し訳ない気分でした。

      仙台ではここで友人とお別れし、昨年お会いしたOさんと再会、懐かしくいろんなお話をして、また会いましょうねと約束して帰ってきました。


      これで南三陸のことはおしまいです。


      9月、10月は他にも色々ありましたが、なかなか書けなくて終わっています。

      次回は都内の九品仏、代田を訪ねたことを書きたいと思います。

      posted by: たんぽぽ | 大震災に関して | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      宮城県 南三陸へ 
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        ちょうど一年前に南三陸に行き、一年経って再び同じ所を訪ねました。
        10月16日〜18日のはずでしたが、台風のせいで一日遅れ、17日〜18日になりました。


        昨年会った方々に再会すること、被災地のその後の復興がどうなのかという事、被災地の方々にまた会いたいということが目的で出かけました。
        再訪して感じたのは、一年経ったのに復興が進んでいないということでした。

        昨年、南三陸を訪れた時のことが、下書きのままになっていました。
        体験したこと、心に受けたことが深かったので途中でストップしてしまい、そのままになっていたのです。

        それをなんとかまずちゃんと記録して、今年のを続けたいと思います。





        2012年10月30日

          宮城県出身者として、被災地に足を運びたいとずっと心に引っかかっていました。
        やっと今回、仕事を調節して3日休みを取って行ってきました。

        仙台まで新幹線で、そこから高速バスで1時間40分程の所にある南三陸町へ向いました。
        鉄道の線路は無残にズタズタに寸断されたまま、再開の目ども立たず悲惨な状態のままになっていたので、かなり遠くに感じました。

        16時過ぎ、南三陸「ホテル観洋」前でバスを降りると、これからお世話になる所の宇根さん(通称おしょうさん)が車で迎えに来て下さいました。
        被災者の心のケアなどのために震災当時から活動されているHUGハウスの方です。
        「まず、見に来て、そしてそれを目に焼き付けて、帰って人に伝えてほしい」ということ、
        「被災者の方のお話を心から寄り添って聴いて下さい」ということで、「come&see研修」というのを主催しています。

        この活動は、地道ですが草の根的で、口コミで伝わっているようです。
        私も実際にここに参加した方の情報で知りました。
        私は肉体的、物理的なことの活動は難しいので、何ができるのか、何かあったらしたいと思っていたので、「これならできるかも!」と思い、さっそく足を運ぶことにしたのです。


        活動拠点のある南三陸町の田尻畑という所に着きました。
        緊急避難所だった農家の納屋を改造した所に2日間泊めていただきます。
        代表のHUGちゃん(通称)とスタッフの方々が迎えて下さり、それから明日からの説明を聞きました。

        それから、みんな(スタッフ)のケアのために仙台から訪れていたOさんとおっしゃる方がいて、「今晩、ここで二人で寝ましょうね〜」と言われ…
        そう言われて、ハッと気が付きました。
        そうか、たまたまこの方が見えてなかったら、一人だったのだ〜と。
        一人でも構わないけれど、誰かいた方がやっぱり心強いですね。
        また「ご飯もたくさん作ってきたから食べてね」という〜。
        私は「ご飯は買ってくるかどこかに食べに行くかしてね」と言われていたから、途中でおにぎりを買いました。見渡すと近くにお店なんてありません。車で走れば、仮設の商店があるようですが。
        ですから、食事はなんでもいいやと思っていましたが、Oさんに美味しい手作りの夕ご飯をごちそうになり大変有難く思い、また恐縮でした。



        部屋で一人になる時がありました。。。

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          「遠いとこお疲れさんだね」と声かけてきたこの青いネコさん。

          私「何て名前?」
          ねこ「ごろごろネコだよ、いつもごろごろ寝てるから」
          私「ふ〜ン、青くてドラえもんみたいね。耳あるけど」
          


         121031_1938~010001.jpg

         私「猫さんはいいなあ、寝てるのが仕事だもんね。 あ、でも他に仕事あるよね。ここで人間を操っているんじゃない?」
        ねこ「さあ、どうかな…(汗。) 寝たふりしてるとみんな癒される〜というけどね〜;」
        私「明日からのことで緊張してたんだけど、私もごろごろネコさんに心ほぐれてうれしいよ、」


        そんな青猫さんも迎えてくれたので安心してここに泊まることにしましたが、
        なんと、お風呂は、五右衛門風呂。 これもまたいいじゃない〜。
        だって昔入っていたもの〜!

        避難所だった時にボランティアさんが運んできて設置して下さったそうです。


               121031_1739~02.jpg

         新聞紙などで炊きつけていただいたあと、一人で火の番をしました。
         とても懐かしい体験ができました。




         121031_1740~010001.jpg
        五右衛門風呂のマキをくべながら、火を見つめていました。

        子供の頃は田舎も五右衛門風呂だったので、なんだかそんな子供の頃の事を思い出しました。
        遊び疲れて帰ってきてお風呂の火の番をしながら、本を読んだり、コクリコクリ居眠りしていたこと。。。火ってなぜか癒されますね。

        ただ暖かいからってだけじゃなく、ゆらゆら揺れる炎、その色、燃えるマキの崩れていく様子、煙のかおり、など色々、心も体もなんか気持ちがなごんで癒されます。遠い祖先から、ヒトは燃える火のそばで夜を過ごしてきたので、そのなごりなのでしょう。

        こんなこともここに来なかったらきっともう一生しないことだったかもしれません。



        もうそろそろ沸いたかなあと思ってやめましたが、その後残り火で熱くなりすぎてしまいました。
        入る時に、お湯を半分大きなバケツに取って、水でうめて…、でも水を使うのも大事に少しづつ。

        洗い場は板の上にたらい、シャワーなんてもちろんあるわけもなく、体を洗うのも髪を洗うのも一苦労、でも被災者を思って、こんなのはどうってことないと思いました。
        お風呂があっただけでもマシなこと。


        夜はケア者のためのケアでボラしているOさんと、二人で寝ました。
        Oさんは私よりひと回りも上でしたが、初めて会った気がしないと言って、姉のように接して下さいました。
        そして、次の朝、「ここに何度もきているが、夕べ初めてぐっすり寝られた」と言って喜んでいました。

        彼女はたった一人で仙台から車で2時間かけて無償で何度となくこの地に来て、多くの人に癒しの施術をされていました。
        誰に言うわけでもなく淡々と出来ることをする、尊敬に値する方だと思いました。

        Oさんとは今年も仙台でお会いでき、再会を喜び合いました。






        2012年10月31日

        HAGハウスの堤さんから「心のケア(傾聴)」についての研修を受けました。
        どんなふうに被災者に向うか・・・私も思い切ってここにきたものの、本当のところ、どうしようととても緊張していました。実際に被災者の方々に何を話すか、どう聴くか、私が行って受け入れられるかと…。
        HAGさんはていねいにしずかに傾聴についての大事なことを教えて下さいました。
        痛むいのちにただ寄りそうこと。話をしてくれるのを待つこと。
        気休めの慰めや励ましは通用しない。ほんものの優しさや温かいまなざしが必要であること。
        すこしやはり、緊張してしまう。自分は大丈夫かと。



        その後、仮設住宅などを訪れる前に、まずは被災地の街ナビをしていただきました。


        スタッフ(被災者の方々自ら)が街を案内して下さいました。


        121031_1351~010001.jpg

        戸倉中学校にて

        ここは下からどのくらいあるでしょうか、20メートル?30メートル?ここ中学校のある所まで津波が来て中学校も水に埋もれ、先生や生徒、何人もの命が失われたとのこと。
        なんというこの高さ! こんな写真では伝わらないかもしれませんが。。。
        あの向こうの静かな海からは想像もできません。


        121031_1352~010001.jpg

        高台の中学校から見おろした街の様子。
        下の街はすべてが流されたままです。にぎやかな街だった所にはなんにもありません。

        復興などほど遠く、どうなってるんでしょうか・・・



        ML_CA3C0764.jpg

        ガレキもあちこちに積まれたままでした。





        ML_CA3C0762.jpg

        南三陸防災センター… 
        ここでも尊い多くの命が失われました。なんという津波の高さ、威力。
        3階上の屋上にあがっても多くの人が助からなかった…上の塔につかまってても流されたとか。
        「逃げてー!逃げてー!」と何度も放送で呼びかけながら若い職員さんが亡くなられたのは何と悲しいことでしょうか。

        訪れたこの日は雨が降って時折強く、寒くて、地盤沈下している街が水に浸ってしまっていて
        車は何度も迂回させられました。

        被災者であるスタッフの方達は久しぶりにここに来たと言ってとても辛そうで申し訳ない気がしてしまいました。



        ML_CA3C0763.jpg

         ここの前にはたくさんの慰霊の品々が置かれていました。




        121031_1411~010001.jpg

        高台の家の半分くらいまで水がきたそうです、今はベニヤでおおってありました。
        手前にはラーメン屋さんが頑張って営業をしていました。

        他にも、老人ホームや、自分の被災したおうち(コンクリートだけ残っている)まで案内して下さったのですが、涙ぐまれていて、再確認させてしまったようで心が痛みました。






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         やっと開設された復興商店街。被災前は町役場などあった所だそうです。

        かまぼこや海苔、海産物など、再会された漁業でのお土産がたくさんありました。
        私はカラフルに色付けされたかまぼこ(引き出物などによく使われる)や海苔、
        オクトパス君・・・「置くとパス」と言って受験にご利益があるっていうキャラクターお守り、を買いました^ー^v



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        向こうの杉の木も津波でやられ、幹が白くなっています。




                 121101_1223~01.jpg

        ここ さんさん商店街には帰る前にもう一度寄って、ランチに海鮮丼を食べました。




        以下、次回に続きます。
         






        posted by: たんぽぽ | 大震災に関して | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |